2009年02月27日
弱り、そして迎える死
何年か前も2月の初旬は非常に暖かかったのに3月に入ったら途端に冷え込んで、
釣りどころではなくなってしまった記憶がありますが、如何お過ごしでしょうか?
アカデミー賞では日本映画の「おくりびと」が受賞しましたが、釣り人の多くがスズキの
「おくりびと」になってしまわない様にと願って止みません。
今回のテーマは弱った魚です。
スズキはどう弱って、どう死に行くのか?いわゆる野締めという、釣上げて放置したまま
にして、絶命する様を見た事がある人はそう多くないと思います。持ち帰りを決めた人は
大抵直ぐに絞めてしまったりしますね。一気に命を絶っているのと、段々弱って死に行く
のとでは全く違います。
釣って離しているという反復作業だけしかしていないと、離して泳いだのを見た事だけで
安堵して、その後は狙いたい次の魚に目が行ってしまい、離した魚のその後の行方は
もう頭の中には無い物です。そんなその後の魚の行方も追いたいと思います。
かなり昔の話ですが、私が小櫃川に行き始めた頃、大型のスズキを持って川から
上がって来たベテラン師に会いました。97cmのスズキの姿は、それまで港湾部で釣って
いたセイゴ~フッコとは全く別物の印象を受けました。まるで大型のハタ類の様でした。
ストリンガーに掛けて帰って来た頃はまだ元気で暴れていました。川の激流の中で
釣りをしていて疲れたらしいベテラン師2名でしたが、持ち帰ると言うその魚をその場に
放置して休憩をしていました。そのスズキが死に行く様を見ていました。
Red氏の記事の中に魚の目についての記述がありますが、まだ元気な内の魚は目に
生気があり、青物やマス類では下を向く様に目玉が動いていたりしますね。スズキは
こういう表情はほとんど見せないので、目玉の動きからその生気を余り感じる事が
出来ません。写真に撮られた魚でも余り元気が無いように見えるのはそのせいです。
陸に揚げて、暴れるのを止めた(その元気が失われた)後、段々と鰓の動きも無くなって
行き、数分後には体色が薄れていきます。私が見た多くは頭部から色が薄れて行き、
体全体が真っ白に近いほどに成ってしまいます。その頃にはもう胸鰭や背鰭を時折
ピクピクと動かすぐらいで、もう虫の息で、そのまま絶命します。
その後は30分から1時間ぐらい経つと、今度は黒に変わって行きます。完全に魚屋
で見るスズキの姿で、意外と黒いなと思った人も多いかと思いますが、これが大体の
スズキの死んだ状態です。マルスズキでは余りそんな反応を見る事が無いのですが、
ヒラスズキでは皮膚組織が全く異なるのか、環境やそのコンディションで体色を著しく
変化させます。これまで釣上げた物は、釣上げた時には白銀の様な色の薄い印象が
有りますが、殺すとみるみる黒くなっていきます。また、生きている内でもフックが
当たった箇所だけ黒く変色する事があり、鱗や皮はあんなに厚く硬いのに、意外と
デリケートな魚なんだなというのが判ります。
では、離されたは良いが、その後の魚はどうなっているのでしょうか?
嫌光性が基本のスズキは先ず明るい場所から離れて、安堵出来る暗い深みの方へ
行こうとします。流れに頭を向け、先ずそこで休憩します。全く微動だにせず、鰓だけ
動かして、呼吸だけしています。
私のケースでは、釣って潮通しのあるプールの様な場所へ離して置いたら、気が付い
たらその姿が無く、頭を突っ込んでライトで照らしてみたら、岩陰の暗い側の窪みに
身をピッタリと寄せて、呼吸だけして全く動いていなかったのを見た事があります。
この事からも、生きたままストリンガーに掛けて魚を繋いで置くのは、どれだけスズキ
にストレスを掛けている事なのか判ろうと言う物です。後でリリースするから、今は
繋いでいるという方が居ますが、それは絶対に止めて下さい。生存を願ってのリリース
とは言えません。
元気が残っていればやがて就餌行動をしますが、その時が何時なのかは魚の元気
次第で、前項でも書きましたが、やはり弱っている時期の魚ほどその回復は遅いと
言わざるを得ません。釣られた事で嘔吐もしていますし、腹の中はカラッポになって
いるので、より回復自体は遅れるでしょう。
弱っているのが長引くとどうなるでしょう?
東京湾内ではその姿を見た記憶が無いのですが、房総では良く見る物にスナホリムシ
という浜辺に多く生息する、ダンゴ虫の様な甲殻類に先ず狙われる事でしょう。夏の
浜辺の波打ち際を掘り返してみると、この甲殻類が2,3匹ササーっと泳ぐ姿を見る
事が出来るかと思います。時折、足に噛み付いたりする事もあるんですが、こちらが
それを追い払う事が出来れば、彼らもそれ以上は近寄ってきません。二宮正樹氏の
ブログにもある寄生虫とはこの虫の事で、寄生虫と言うよりは、海の掃除屋と言った
方が適切かと思います。
これは非常に恐ろしい生き物です。いや、恐ろしいと言うのは人間から見たらという
だけで、自然の摂理から言うと、地球に非常に優しい生物なのでしょう。
ヒラスズキを狙いに行った時に、まだ狙いの磯に入れる潮位ではなかったので、
隣接する小浜で肩慣らしに投げていたらヒラメが釣れました。これはいい土産が
出来たと思って、絞めずに、そのまま波打ち際から少し上に出来た潮溜まりに
ストリンガーに掛けて置いてたのです。
30分後にその場所へ戻ってみると、何やら小山のような物が動いているんです。
そのスナホリムシの山でした。動きを止められたヒラメに、ザワザワと襲い掛かる
何百匹と言うスナホリムシです。たった30分でこれだけの物が何処とも無く現れ
弱った魚に襲い掛かるのです。直ぐにストリンガーを引き上げ、ヒラメを確認しまし
たが、既に血の気が無く動きは止まっていて、口から鰓からそのスナホリムシで
溢れ返っていて、慌てて波打ち際へ行ってザブザブ洗いました。
再び確認してみると、周囲の鰭の薄い部分はほとんど食われボロボロ、体表は
鱗が剥ぎ取られた所から食われた跡が点々と、鰓穴から中を覗いてみると、鰓が
ピンク色で血の気がありませんでした。たった30分で、さながらピラニアです。
先ほどのその小山の場所へ戻ってみると、少しのスナホリムシが居るだけで
あれだけ集っていた姿は有りませんでした。
こんな風に掃除屋が居たりすると、余計に魚の死骸などは見つからないですね。
かえって、その死骸が流されていく姿を見ていた2項の方が、魚がどうなったのか
知る事が出来る事柄かと思います。

ルアーを飲まれて出血しています。貴方ならどうしますか?
出血しているから持ち帰って食べる。それも手ですが、一寸待った!です。
出血が、即、致命傷になっているとは言い切れません。僅か数パーセントでも生存の
可能性があります。持ち帰ってしまったら生存の可能性を断ち、ゼロにしてしまい
ます。貴方の大事な人が何かの病で倒れ、僅か数パーセントしか手術の成功の
可能性が無いとしたらどちらを選びますか?迫られる選択はそれとなんら変わり
無い事なのです。人間が優れていて、地球の王者ではなく、これら別の命を持って
私達が成り立っているだけなのです。彼ら他の生き物が居なかったら私達の生命
も無いのと同じ。
いかに人間が知的生物であろうと、外部から見れば、地球上に存在する数多の
生き物と同じなのですよ。
しかし、どっちみち要らないから捨てると言うのと、生存の可能性に掛けるという
のでは全くその意図する事は違いますが、離す行為自体は端から見れば変わり
の無い事かもしれません。釣りは常にそういうリスクを背負って、またその選択を
迫られ、行っているという事を忘れてはいけないと思うのです。
記:森村ハニー
2009年02月22日
Pain
ご存知の通り、スズキは川にも上りますが、その多くの個体は主に海に
生息して、その数も多いですね。千葉県で、ここ5年ぐらいのスズキの年間
平均漁獲高は800~1200トンあり、東京湾だけに限定すればもう少し落ちますが、
年平均1000トン程度にしてみます。
スズキの体格からすると60cmの魚で約2kg程度が平均なので、1000トンと
言えば、その大きさの魚50万匹分に相当しますね。物凄い数が生息して
いるのです。
しかも、毎年それだけ漁獲してても、翌年にはまた同じだけ捕れるのです。
いやはや、釣りで少々釣ったぐらいでは何の影響も無いだろうと言うのは
想像に難くありません。
だったら、産卵後の魚を保護しようってのはナンセンスなんじゃないの?
どうせ、俺が釣らなくても他の誰かが釣ってるんだし、幾ら保護しようと
声を上げても、結局影響が出ないんじゃ何の意味も無いじゃん。
そんな声も聞こえてきますねw
私達は漁師さんではないのです。冒頭にも言いましたが、スズキを使って
商的利用をしている、いわゆるプロでもありません。釣りを行い、実際に釣って
楽しんで、その後の生存を願って離すという事をしている釣り人なのです。
相手は魚で、時にはそれを食べてしまいますが、同じ地球上に生息している
生命同士なのだと言う事を忘れてはいけません。
結局、そうして自己規制を安易に解除してしまえば、釣る機会を増やし、
必然的に殺してしまう機会を増やす事になります。ここが辛抱のしどころです。
WEBを見る限りでは、今年はこれまでにない暖冬のせいで桜の開花も早まり
そうで、またそれに連れて、早々に出掛けている人達も多い様子ですが、
道さんが紹介してくださったお陰か、色々な方法で自己制限されている方が
多くいらっしゃるのが手に取るように判ります。ありがとうございます。
さて、前置きが長くなりましたが、今回はその海では余り見なかった事。
かつてのホーム若洲地区は厳密に言えば海です。潮が下がり切った
辺りでようやく荒川の一部と呼べるような感じに成りますが、海のスズキ
川のスズキと、その降雨量で魚の寄り付きが変わる面白い所です。
ただ、余り魚体に傷が有る魚は見なかったのですが、もっと上流部で
釣りをするようになってから、魚体に釣獲傷が有る魚を度々見るように
成って来ました。
中流部で釣った70cmオーバーなのですが、これは結構古い傷のようです。
ねじ切った様に失われた上顎の唇の端がちょっと痛々しい感じです。
他の部分にはダメージが見受けられませんので、割と若い頃に釣られ、
プライヤーで乱暴にこじられて失ってしまったのかも知れません。
口周りの傷は結構早く直ると聞きましたが、失われた物まで再生する程の
力は無いようです。ヒラメは強い魚で、鰭を切り取っても元通りに再生する
そうです。
この魚は私が釣る少し前に一度釣られているのが鰓蓋のめくれで判る
と思います。ルアーは前後にフックが付いているので、前フックが唇に
掛かったら、後ろのフックがこちらに回り込んで、この部分を損傷させて
しまいます。気に成るのは10月の魚なのに、こんなに痩せていた事。
釣上げられる事は、やはりダメージに成っていると思います。
回復には少々時間が掛かり、また、その間餌が取れなければ元気は
取り戻せません。食えなければ死が待っています。
以前、若洲で釣って離した10分後に、離した同じ魚をもう一度釣った
事があります。海は色んな魚が寄り付いては離れと言う事を繰り返して
いる場所なので、余り傷のある魚を釣った事が無かったせいもあり、
その事は良く覚えています。魚を引き上げずに、水際でプライヤーを
使ってフックオフしたのですが、その時に上記の魚と同様な傷を付けて
しまったので、それが目印にもなりました。
元気な内に離し、また餌を追う力が有れば、また直ぐにでも就餌する事
もあるというレアケースだと思いますが、この上の魚の様に、前に釣られた
ダメージから余り回復していない内に、また釣られという事を繰り返して
いる魚も居る訳です。
また、河川内というそれほど生息量が多くない場所にもかかわらず、
写真に撮った以外にも結構掛かった形跡のある魚が見られますので、
やはり川へ釣りに来ている人が多いのだなと実感します。
釣獲履歴が傷で判るというのは、逆に言うとリリースが成功だったという
証でもあります。この2枚の写真の魚も結構深手を負っていますが、
私と、前に釣った方と2人をまた楽しませてくれた相手でもあります。
殊更に蘇生作業を丁寧に行って見送りました。
記:森村ハニー
2009年02月18日
The eyes of the fish
よく動く目でこちらを追いかけながら、ヒトに対する
恐怖とか、隙あらば‥なんて感情が明確に伝わってくる
ような気がしてるんですが。
10年程前、冬のサーフでランディングした80cm余りの
抱卵シーバスの視線を、当時身重だった家内の目と
シンクロさせてしまったことがあります。
女性特有の、宿した命を守るための強さを内包した
その光に強烈に射抜かれてしまった私は、それ以来
抱卵群れシーバスを敬遠しつつ、量より質の方向性に
冬季の釣りを見出すようになりました。
今回の企画にあたり、産卵前は何故Saveしないのかという
声も多いですよね。
なんかね、種族保護とか生態系とかそんな机上論が
振りかざされるほど
ちょっと違うだろ?と。
ここのバナーを製作するにあたって、シーバスの目のアップが
いいね、と森村氏にお褒めの言葉を頂いて、密かに確信したことが
あります。
どんなに理屈をこねようが、Save Fishingの基幹にあるのは、鱸という種の
存在に対してよりも、個々の命に対して、つまりより近接的なヒト対魚の
感情部分ではないかと。
そして、釣り人として背反であるその感情を整合させることが出来る
唯一の選択肢が、あえて釣らないってことなんですよ。
だからね。
妊娠中の女性を労わろう、保護しようなんていう
当然至極当たり前のこと
自分達で考えて自発行動すべきでしょ(笑
我々は食べる事が目的でも保護することが目的でもない
釣ることが目的のアングラーなんですからね。
このSave Fishingという企画は、そんな発想の
信管としての役割でいいんじゃないかなと思ってるんですがね。

つまり、自分のするべきことは自分のスタンスの中で
自分で考えるべきではないかと。
Red
2009年02月15日
倶楽部入会希望審査
昔はそんな風にしてクラブに入れて貰ってたみたいです。この話の出展は
何処か忘れてしまいましたが、どなたかの文章のリライトに成ってしまって
いたら申し訳ありません。
その昔、磯釣りクラブに入会する為には簡単には入れなかったそうです。
入会希望の人はその窓口を叩いても、先ずは同行だけさせて貰えます。
先輩会員の荷物持ちとして。
勿論、竿なんか持って来させて貰えませんし、竿を出す事も許されません。
ただ、同行して、荷物運びと見学だけ。そういう経験を何度もしてから、ようやく
脇で竿を出す事を許されます。勿論、先輩会員が良い場所で釣ってるのですから
釣りが出来るってレベルではなく、だた、竿を出させて貰った(出させて貰えるまで
に成った)というだけです。
また、その経験を何度もして、初めて先輩と並んで釣りをさせて貰えるように
なります。が、会員に成れた訳では有りません、実は、最初から会員に成るに
相応しい人物かどうか、ずーっと審査されているのです。
先輩会員は自分の釣りを見せながら、色々な事を黙って教えているのです。
やがて、良い場所を与えて貰い、自分でやってごらんと言われる様になります。
此処からが最終審査の段階であり、一番肝心な所です。
先輩会員のそれは素晴らしい釣りの技術を散々見てきました。潮の読み方、
コマセの打ち方、流し方からその配合まで、全てのノウハウを「見て」来たの
ですから、ここぞとばかりにバンバン釣ってしまう訳です。凄い、これがこの
クラブの人達の技術なのか、やっぱりその門を叩いて良かったと思う訳です。
そうして何度か肩を並べて釣りをするようになり、先輩会員から入会希望の事に
付いて、ようやく口が開かれました。
彼は憧れのクラブの会員に成れたでしょうか?
成れなかったんです。
その理由は「魚を釣るのが上手過ぎるから」です。
それ以上の答えも貰えませんでした。
魚を釣るのが上手い人達のクラブに入って、釣るのが上手すぎると
言われて入会を断られるのが理不尽な理由だと思いますか?。
私の話はここで止めにします。
何故、「魚を釣るのが上手過ぎる」とダメなんでしょうか?
皆さんお考えください。
それと、私が何故この場でこんな話しをするのか?も、出来れば。
回答は何かの機会にでも…
覚えていたら…ですが。

スズキを真上から見た事がありますか?
横から見る姿は写真などで良く見られますが、真上から見ると意外に細い
と言うのが判ると思います。そんな姿を見てない方は、一度真上から
良く観察してくださいませ。
2009年02月12日
ニワトリと卵
に閲覧頂きましてありがとうございます。ゆくゆくは私のネタも尽きるでしょうから、
今後は色んな方にも書き込める様な掲示板方式への転換を視野に入れて
ますので、今後とも宜しくお願いいたします。
ここでハッキリ区分けをしましょう。
初心者の方は釣りをしてください
実は、スズキ自体は大変に多いのです。1人、2人が気を付けても、
大勢にそれほどの変化はありません。いや、全く無いと言っても
いいかもしれません。
でも、やらなければ、その後は見えています。
課すのは自分へのSAVEです。
初心者は課すべき物はまだ見えないと思います。
私は散々魚を釣って来ましたから、もう、この辺でいいんじゃない?
と言えますが、何も判らない人にルールだけを押し付けるのは
どうか?と思ってます。
車の運転と同じ様に、走って慣れてくれば、どうすればいいか
判って来ると思います。暖かい目で見守ってあげてください。
まだ、産卵前の魚を釣るのを勧めるのか?という無理解な方が
騒いでいたりしますが、
一番弱ってる時期の魚を釣るのは止めようよ
これが、ここのメインテーマですので、お間違えなく。
さて、産卵をして、稚魚が育つには育つにふさわしい環境が必要で、
其れが無ければ、幾ら卵から孵っても魚は増えません。数多くの魚が
産卵をしても、それから大きく育つには生存競争に勝ち残るという
厳しい道のりを経ていかなければ成長出来ないのです。
東京湾のみならず、其れこそ日本全国各地でこの稚魚が成長するべき
アマモ場と言われる浅場が激減しています。ご存知の通り、沿岸部の
乱開発をして来たせいです。
人間が人間の為だけの利用価値を求めた結果がこれです。
東京湾では、一時、中央部の中の瀬を全て埋め立ててしまおうという
計画がありました。船舶の一時停泊ぐらいしか利用価値が無いから
という理由です。
そんな事をしたらもう、どうなるのか目に見えてますね。
それでも、それ以外の利用をしている人の事はおかまいなしに
進んでしまうという恐ろしい側面があります。有明海の干潟を
埋め立てたせいで、漁業に打撃を受けたというのがニュースソースを
賑わせましたが、一度やってしまった事を元に戻す事は余程の
事が無い限り無理です。
育つべき場所を持たない稚魚は淘汰されてしまうのでしょうか?
意外にも魚達は逞しいですよ。
桜が散った後の荒川の中流部からやや下がったとある場所、
この頃には湾岸部でバチで狂ってる魚と、遡上する鮎や鯔の稚魚を
餌にして川を遡ってくる魚と分かれて行きつつある時期です。
そんな鯔の稚魚を餌にしているスズキを狙って出掛けた時の
ことです。
水面にはビッシリとその餌になるであろう稚魚の姿が見えましたので、
ルアーを投げていたのですが、スレで引っ掛かったその稚魚を見たら、
スズキの稚魚でした。また投げて掛かったのもスズキの稚魚、
投げるのを止めて、盛んに泳ぎ回る3cm程のその姿を見てました。
意外でした。
本来はアマモ場で育つと言われてる稚魚がこんな場所に居たのです。
恐らく、プランクトンが豊富な場所を探したらここだったという事なので
しょうが、ご存知の通り、ここでは逃げ隠れる場所がありません。
その多くは川に飛来する鵜の餌食に成ってしまうでしょう。
餌を求めた結果と言うよりは、むしろ安全なアマモ場が無いから
此処に来たとも言える訳で、沢山孵化出来ても圧倒的に少なく
なってしまった成長の場を嘆きました。もし、成長する場が沢山あった
なら、もっと魚は増え、釣り易くなったでしょう。
今、釣れているスズキ達もそんな中を生き抜いてきたのです、
その命に、多少でも畏敬の念を払っても良いのではないかと
思います。

写真は今では誰も使わないであろうレッドフィンでヒットさせた昨年7月の
荒川中流のスズキです。昔はルアーすら選べない時代でした。現在の目では
飛距離は出ないし、ドタバタ動くし、レンジはコントロールし辛い、神経を使う
使いにくいルアーですが、私には今でも現役です。
今は高性能なルアーで楽に釣らせて貰える時代です。そのせいで魚は
どんどん追い詰められています。誰でも釣れるルアーは、実は魚には
脅威です。その性能を上げていった先には、一体何が残るのでしょうか?
記:森村ハニー
2009年02月11日
テスト投稿です
鱸の生き物としての美しい部分とかにもう少し着目して欲しいなと。
春季の鱒族の華やかな姿を見慣れた目であっても
それは確実な野生美を秘めていて、しかもより逞しい魚体であると
思うのですがいかがでしょう。

釣りは魚を傷つける行為には違いありません。
その対象として少しでも良いコンディションの獲物を
手中に収めたい。
そして、生き物として労わりは持ってやりたい。
だから、休息期間を設ける。
もちろんそれは釣り人としてのエゴなんです。
そのエゴを、どれくらい生き物としての魚に対する
実効的な優しさ行為としてオーバーラップさせることが
出来るかを考えます。
あえて釣らない選択という題材は、そんな矛盾した
自分の内面にタイムリーに突き刺さった感じでしょうか。。
うーん、やはり理屈で説明するのは難しいなぁ。
Red
2009年02月10日
立ち入れない領域
それは少なからずメディアに関わっている方なら、一寸だけでも良いので
心して欲しい事だからです。
ただ、余り堅苦しく考えては欲しくありません。各人、出来る範囲で
行う事をお勧めします。
その魚の扱いはおかしい。
そんな扱いしたら離しても死ぬだろ。
各種メディアに出る写真を見てそう思った事はありませんか?他人の
する事は必ずと言って良いほど悪く思えるのです。では、自分はどうでしょう?
出来る範囲でベストを尽くしたつもりでも、また端から見れば
上みたいな事を言われている事が多いかもしれません。
釣って離す魚は、どうも共有物の様な気がしていますが、
釣った人の所有物です。それこそどう扱おうと釣った人の勝手、
大量に釣獲しようが、離そうが他人が口を挟むべき問題では
無いのです。
簡単にいいがちで、また、言い易いのが困りモノですがw
しかし、釣った魚は離しますと宣言している人は、少し
考えなければならない事が多くなるのではないでしょうか?
でなければ、その宣言は絵に描いた餅に成ってしまうからです。
ただ、そう言ってるだけ、実は魚に優しくなんかしてしませんよ
宣言になってしまいます。気付いてないのは本人だけで、
ずっと恥を晒し続ける事になりますね。それは実に格好悪い事です。
本来は立ち入れない領域なのですが、あえて書きました。
さっき釣った魚は釣った人の所有物だと言ったばかりだろう!
そうです、余計なお世話です、すみません。
でも、それが多く揚げられる事が伝達してしまうのが世の常です、
是正するには、そうでない方法を伝えて行かないと成らないのです。
では、どう扱えば魚に優しく出来るのか?
ここでは言いません。それこそネット中、或いは文献を漁れば
幾らでも出て来ます。また、自分で探すという最低限の努力を
も怠る人は、魚に対して優しくなんか出来ません。
魚を離すと言う事は、その後の生存を願っているからだと
信じたいからです。
釣って殺してあー楽しいわ!
便所の落書き場所と揶揄される所だとこんな書き込みをする人も
居ますが、そういう人は先ず居ないと思いますw
釣る事自体が魚に優しい行為ではないのですが、その後の扱いで
確実に生存率の増減が決まってしまいます。
自分の魚の扱いがどうだったのか?じゃあこれからはどうするか?
それは各人が見聞きした事や釣り場の状況に合わせてお考え下さいませ。
以下は何かの参考に…
私の例で言いますと、ホームだった場所で写真を撮るには後ろ側の
通路まで下がって、乾いた場所に魚を置くしか方法がありませんでした。
単独釣行メインであり、魚と一緒に記念撮影する気も無いので大型魚
はメジャーと並べて写真を撮るには、それ以外の方法が無いのです。
濡れた場所は牡蠣殻だらけのテトラ上だけです。まだ元気がある魚を
そんな上に置いたらボロボロにしちゃいます。
一時期はそれでも乾いた場所に置くのを躊躇って厚手のビニール
シート持参で釣りに行った事もありますが、これは失敗でした。
それまでに比べて魚の扱いという点では良かったのですが、
魚を置いた後のビニールの処理に困ったのです。夜遅くに釣りから
帰ったら大抵は道具の片付けは翌日以降に成ってしまいます。
バックの中にビニールが残されたまま…
翌日はバックの中が生臭くて酷い事になってます。数日放置すると
小蝿まで沸いてますw
生来の面倒くさがりなので、だったら面倒な所で釣りするのは
止めちゃえ!とばかりに居を移しました。幸い、荒川は水辺まで
降りられる所が多いので、大型魚でもタモを使わずにランディング
出来ますし、また撮影に魚を置く場所に対しても、草の上や湿った砂の上、
或いは満潮時に冠水して濡れた場所等々あるので、いつも乾いた
場所に置くよりは…と言う事で落ち着いてます。
まだいかんせん場所的余裕の無い場所や時間の時が有り、ベストでは
ない場合も有りますが、魚体には触れない事は徹底しています。
最近は良いランディングツールも出ていますね。目移りしちゃって
道具ばかりが増えて困りますけれどw
記:森村ハニー
2009年02月09日
積極的消極策

その昔、オールジャパンシーバスパーティと言う全国規模の大会が
ありました。かなり昔の事で、記憶もあやふやなのですが、東京では
砂町と小松川のショップがその大会の窓口に成っていました。
その大会の最初、時期が12月という事もあり、東京地区に持ち込まれ
た魚は60cm弱程度のフッコ1匹、それで優勝です。
参加人数が増えるに従って盛り上がりも見せ、時期がうまくあった時に
ついには全国優勝を果たすビッグ・ワンが小櫃川で釣られた事により、
更に参加人数が増えてきました。最後の大会では、東京地区では
300人超がエントリーしていたのを覚えています。
最終的には80cmを超える魚を持ち込んでも、トップ10から滑り
落ちる実にハイレベルな大会に変わってしまいました。色んな
チームが威信を掛けて大会に参加していたのも良く覚えています。
ある時から、大会は開催されなくなりました。
ショップに出向いた際にその事を尋ねると、やはり魚を持ち込んで
検量して順位を決める事に対する外圧があると話してくれました。
まぁ其処が魚市場であれば、ゴロゴロと並んだ大型スズキを見ても
良い漁獲があったんだと認識されますが、釣り大会でソレは不味か
ろうという事らしいのです。
バスの大会では生きたまま持ち込んで検量し、死魚を出したら
ペナルティを課すというルールがあるのに、スズキは殺して持ち込ん
でもいいのか?ゴロゴロと死魚を並べて喜ぶな!とか、まぁ色々あった
んだろう事は想像に難くありませんね。
房総地区の大会窓口はK-TEN開発者の二宮正樹氏が成っていた
せいもあり、大会は生きたまま持ち込むのが原則となってその後も
継続した様ですが、生きたまま大型の魚を検量会場へ持ち込むのは
容易ではありません。
年に1度のお祭りなんだから、そういうルールが出来たとしても
大会を継続しようという後押しをする強い人が現れない限り、会を
継続するのは難しいというのを教えてくれた東京地区です。
別に其処までしなくとも、という事ですね。
前向きな人は何でも積極的に出来、またそれを可能にするパワーを
持っています。積極的に積極策を取り、また其処に賭ける思いを感じる
事が出来ます。
魚を大事に思う、でもその生態も良く判らない、守ろうにも、どうやって
守ったら良いのか良く判らない。だったら判る様に出来る限りの事をする。
将来的に見れば、これが一番の施策なのですが、私費を投じてまで
それを可能に出来る人はそう多くはありません。
大抵の釣り人は趣味で釣りをして、魚が居るから釣ってる。その程度
だと思います。ややこしいルールをクリアしてでも釣りをしたい人は
多分、多くは無いでしょう。商的利用の為にはそうして貰ったら困ると
いう動きも出てしまうでしょう。
また、そのせいで矢面に立たされますし、それらを被ってでも責任は取る!
と言える程の積極的積極策に出られる大人物は数が少ないのです。
腹をくくると言うのは並大抵の事では出来ません。
そこまで出来ネーな、やりたくネーな、やるつもりもネーな。
魚が居なくなったら釣りなんか止めちゃうだろうし。
恐らく大多数の方が其処止まりでしょう。多分、私もそうですw
そういう方ほど可能なのがSAVE FISHINGでは無いでしょうか?
自己に課すルールはまた人それぞれですが、魚を離す事も将来の為の
少しの遠慮であると思います。あえて釣らない事も少しの遠慮。
その程度です。
そのお陰で誰かが良い釣りをしていたとしても、焦ってはいけません。
開いた席は、必ず誰かが座る物です。開けたくせにその席はいつも
俺の物だと主張する傲慢な人には成りたく無いでしょう。
譲る事、遠慮出来る事が出来る人が尊ばれるのは世の常です。
あえて、何も言わずに格好良く行きましょう、それは、実に
消極的な事を積極的にする事
なのですから。
写真は昨年同期の湘南海岸です。ベタナギが続いてマターリな海の姿。
普段、湾奥ばかりで釣りをしていると、無性にこの光景に出会いたくなります。
そんな人も多いのでは?そんな方の為に。
追伸:
道さん、紹介有難うございます。急にアクセスが増えたので妙だなと思ったの
ですが、まだ、始まったばかりで、序文だけ読んだ方には誤解を招きか
ねない所が多々あります。皆さんの暴走を避ける為にも、もう少し戯言を
書かせてくださいませ。
記:Redに寄稿を断られた森村ハニーw
2009年02月07日
魚のコンディション
だからといって、それも確実ではないという事も痛感させられます。
実家に戻る機会があったので、古いアルバムを持ってきました。
いわゆる使い捨てカメラで撮られた画像を更にデヂカメで撮り直す
という実に乱暴な方法を取ってますので、プリントはセピアに変色し
また画像が悪いのはご容赦。
また、この当時は私も初心者の部類でしたので、魚の扱いも
お勧め出来る方法ではありませんねw
書かれているキャプションを見ると1993年3月5日とあります。

産卵を終え、帰って来たばかりのスズキはこの様に腹がへこんで
著しく痩せています。
魚には地域性があって、ほとんどがその近傍で成長し、種を継続
していきますが、その地域ごとに系群といわれて区切られます。
その系群が種を維持してゆくのに必要な事柄はDNAで継承されて
行くので、毎年同じ様な所で同じ時期に産卵するといった事を
続けていくのです。
またそれは、魚の体型にも現れて来ます。人間と同じ様に
親子で顔が似ているのと同じですね。東京湾で釣れるスズキ
の多くはこの様に比較的頭が大きい部類の魚が多く、
ズングリムックリしています。
この様な体型を継承した大きな個体は見間違えてしまいがちな
事があります。それは、就餌具合とも関係します。

ともすると、産卵直前の個体か?とも受け取れそうな腹がパンパンに
膨らんだ魚ですが、キャプションによれば、これを釣上げたのは
1993年の4月25日です。前の魚の約一ヵ月半後で、膨らんだ
腹の中身はそう、バチです。たらふく食った姿は産卵前の魚の
様相をしていますが、完全に回復しているとは言い難く、それは
就餌したら直ぐにエネルギーに転換出来る訳ではないからです。
人間だったら、今日はカツ丼を食ったから元気一杯などと多分に
気分的な問題で語れますが、魚は食える内に食えるだけ食って
脂肪に変えて蓄えるしか方法が無いのですから。

この魚は少々疑わしい魚でした。1996年の3月13日に釣った
いわゆるランカーサイズの魚なのですが、場所は富津です。
その時期ならば、産卵を終えて腹がへこんだ姿で戻って来て、
引きも弱いといった特徴があるのですが、掛かった途端にジャンプ
をj繰り返し、ドラグを引きずり出して寄って来ず、素晴らしいファイトを
見せた魚なので、今でもその事は強烈に覚えています。
ランディングした後に気になって肛門を確認しましたが、産卵したという
明らかな形跡は有りませんでした。産卵を終えた個体は肛門が
広がって充血している魚が多いのです。
つまり、この魚は産卵期に卵巣を成熟させそこなったか?若しくは
何らかの理由で、産卵には参加しなかった個体だと思います。
産卵しなかった魚はどうなるの?死んじゃうんですか?
魚が大好きな知人に尋ねました。
「あぁ、それなら心配する事あらへん、卵は栄養となって
体にまた吸収されて戻るだけや」
なるほど。また産卵期に成熟卵を持てる様になれば継続できますね。

1996年の晩秋、木更津の干潟で釣った物です。産卵前の
見事な体型をしています。
いつまでもこんな魚との出会いがありますように…
記:森村ハニー
2009年02月07日
最下流部で見る光景

私のかつてのホームグラウンドは若洲15号地でした。
今でもホーム自体は荒川流域で、ほとんど荒川でしか釣りはしないのですが、
若洲はその最下流部に当たる場所になります。潮の良く動く大潮周りの下げ潮
時などは、河口の流れも速く、釣りにくいと思う人も多いかもしれませんね。
ルアーフッシングが賑わいを見せた10年ほど前から、そこで大潮周りに釣りを
していると度々見る光景が有ります。それまでは、ほぼ見なかった事です。
死んで腹を見せて上流から流されて来るセイゴ~フッコの姿です。
通常、魚が浮くのは死んでから数日後に内臓にガスが溜まってから
浮き上がると言われていますが、流されて来るこれらは、死魚特有の
腐敗して腹が膨らんで浮いている姿ではありません。
つい今しがた釣られて、離されたばかりの姿です。魚体は真っ直ぐに
伸び、腹を上に向けて鰭もユラユラとしているので、もう一度掴んで蘇生
させれば何とか成りそうな姿です。酷い時には1回の釣行で5匹ぐらい
流されて来るこれらを見る事があります。
恐らく釣上げた人は、生存に一縷の望みを託して魚を離したので
しょうが、見せ付けられているのはそんな姿です。
離した時は元気そうに思えても、姿が消えたその後は判らないと
いう事を痛感させられるシーンです。
釣る事は誰にでも出来て、またそれも自由ですが、1つの命との関わりが
常に有るという事を忘れてはいけません。私達は陸上で自由に過ごせますが、
水中に入れられたら20分と持たないでしょう。それは水中で暮らす魚に
とっても同じ事です。
釣りは楽しい事ですが、最下流部に立って散々この姿を見ていると、上流で
釣って離している方々への憤りより、先ず自分も其れに参加している事を恥じて
しまいます。結局、生存を望んで離しても上手くいかない事の方が多いのか?
俺はいつまで無益な殺生を続けているんだろうか?と感じたりもします。
結果が見えないので、見せ付けられた私が問うた自問自答にも、まだ確たる答えは
ありませんが、100%のリリースは無いにしても、近づける努力は出来る筈だと
信じたい所です。
記:森村ハニー
2009年02月05日
バナーを準備しました
Red氏にSAVE FISHINGのバナーを作って頂きました。
ご自由にお使いくださいませ。

2009年02月04日
自分の立ち位置について
掲示板等で意見交換をすると、どうしても、其処で止めるなと言う声が聞かれます。
ココのテーマであるSAVE FISHINGについても、産卵後は保護して、産卵前は何故
保護しないのか?むしろ優先すべきは産卵前の方だろうと言う様な意見も幾つか
揚げられましたが、私はあえて其処まで踏み込まない様にしています。
それを歯がゆく思われる方もいらっしゃると思いますが、先ずはこのチャートを
御覧下さい。
魚族保護チャート
||1・時期問わず、釣ったら全て持ち帰る
||
||2・産卵期前後を避けつつ、釣ったら全て持ち帰る
||
||3・必要分だけ釣ったら後はリリースする=産卵期=後
|| || ||
|| 産卵期以外 前
||
||
||4・1匹だけ持ち帰り、後はリリースする=産卵期=後
|| || ||
|| 産卵期以外 前
||
||
||5・1匹持ち帰り分を釣ったら釣りを止める=産卵期=後
|| || ||
|| 産卵期以外 前
||
||6・釣ったら全てリリースする=産卵期=後
|| || ||
|| 産卵期以外 前
||
||7・釣ったら全てリリースし、少数釣ったら釣りを止める=産卵期=後
|| || ||
|| 産卵期以外 前
||
||8・釣りをしない
この表は釣りをした時点での魚の見込み損害率を表します。
この表には、産卵期にも前後が加わり、その時点での損害見込みを表すので、
産卵期は後の方が上位になります。東京湾近辺の産卵期は11月~翌年2月、
明らかな戻りのシーバスが現れるのがほぼ1月からで、相当に体力の回復が
見込める魚が揃うまでには、ほぼ3月下旬まで待たないと成りません。
この表には、おのおの釣りの頻度が加わります。
毎日釣りをする、週1回釣りをする、1ヶ月に1回釣りをする。そのぐらいの区分けが
出来るかと思います。余りに煩雑になるので表では割愛しましたが、お分かり
頂けるかと思います。
貴方の釣りに対する姿勢の立ち位置は何番のどの辺り何処でしょうか?
SAVE FISHINGは3~7迄の産卵期後の方を対象に発信した物です。
保護を考えるなら、産卵前も保護すべきだろう。それはそうです。
しかし、この表を見て判る通り、其れに従ったら、後はもう僅かしか残されていません。
産卵期以外に少数しか釣らないし、それを全てリリースするってだけです。
その後は、魚を釣らない=釣りしないってだけですね。それは余りに窮屈です。
そうでもしなければ、真の保護とは言えないだろう。それもそうです。
しかし、魚族保護団体ではないので、保護が主目的ではありません。これからも釣りを
楽しむ為には、あともう少しだけ踏み込んでみませんか?という呼びかけなのです。
声高に、上記の窮屈なルールを押し付けるつもりは無いのです。
各位がどの立ち位置に居て、どうお考えかはこちらからは計り知れませんが、
ふと、振り返って考えてみる機会だと思って頂けたらと思います。
記:森村ハニー
2009年02月03日
その序章

★序章★
大型のシーバスが最も釣りやすい時期は1年に2度ある。1つは産卵前に卵巣を
成熟させる為に餌を沢山取り産卵に備える為、もう1つは産卵を終え、
落ちた体力回復の為に荒食いをする。
おのおの時期は春と秋なのだが、釣れる魚のコンディションは雲泥の差がある。
産卵前に釣れる物は卵巣が膨らみ腹回りが太くなり、脂肪を蓄えている
ので元気があり、引きも強く釣って面白いと感じるのはこちらの方だが、
産卵後の魚は体力が落ちて腹はへこみ、身がげっそりと痩せ細って引き
その物もただ重いだけで、直ぐに弱りひっくり返って腹を見せる為に、
大型の魚でも釣り上げるのは容易だ。
釣った魚は極力離そうと、リリ-ススタイルというムーブメントがあるが、離した後
を窺い知るには、JGFAのタグ&リリ-スプログラムで釣り上げた後に再捕された例
でしか、その後はほとんど判らない。釣った魚にタグを打ってリリースして
いる数より、打たずに離している数の方が圧倒的に多いのが実際の所で、
その多くは、離したその後の生存が不明なのだ。誰もがその後の生存に
一縷の望みを託して、魚を離している事には変わりは無いのだが、リリース
行為自体もケースバイケースであるし、また、個々人でその処方が違うのが実情
だ。
釣り上げた魚をリリースしたとして、その後の生存が見込めるのは、当然
産卵前の魚の方だろう。産卵に備えた予備の体力があるが、産卵して全て
を使い果たした魚にはその余力は無い。むしろ、釣上げた事が致命傷に
なって死んでしまうケースの方が多いと思う。度々挙がるのは産卵前の
魚こそ保護するべきと言う声だが、時期はどうであれ抱卵すべき個体を
1つ減らす事に変わりは無いのではないだろうか?。
だったら、産卵後の体力の回復していない弱った魚を釣上げるのはどうか?
闇雲にただ釣って離している事の反復だけでは見えない事の方が多くなる
だけでは無いだろうか?離した事だけで安堵しているだけではなかろうか?
それでは何の解決にも成ってない事にどれだけの釣り人が気付いているの
だろうか?
殺してしまう確率の高い方の魚はあえて狙わない。
産卵後のシーバスに休息を与える為に釣り自体をSAVEする。
先ずはこれを提唱したい。
★WEBだから出来る事★
「なんだ?昨日は人が居なかったのに今日は何でこんなに人が居るんだ?」
こんな経験は無いだろうか?確かに昨日は誰も居なくて魚も群れが入ったか
良い釣りが出来たのに、その報告を自身のHPやブログで配信した途端に、
釣り場にワッと人が押し寄せて面食らった経験。これは言うまでも無く
配信者自身のせいだ。釣り人誰しもが持っている少々の自慢と、少々の
他人への便宜のつもりがこんな形で自身の首を絞める事に成る。
長くメディアに関われば、何度か経験するこの事象で当然その口は堅くなり、
掲載画像に加工したりして釣り場の特定が出来ないようにと心がけたり
するのだが、それも、それほど多くは無いし、結局バレてしまっているのが
実情だろう。また、配信者は自分の釣りの為だけに配信を行っているとは
限らない。商業的に釣らねば成らなかったり、露出を増やして営業的価値
を高め無ければ成らなかったりする場合もあるだろう。
そういった事柄から何の利害も持たない連中はどうしたら良いのだろうか?
ブログが花盛りな昨今ならでは、自身の為に釣りをしている人の方が圧倒的
多数で、商用営業目的配信の方が少ないはず、だったら、自身の為に出来る
事をやろうではないか。
それでも我々は釣り人であるし、釣りたい欲求は誰しもが持つ物。それも
行動できるのなら、いつでも釣り糸を垂らしたいのが常である。あえて、
弱った魚は狙わないという事はしなくとも、釣った魚の配信を少々遅らせる
っていうのはどうだろうか?それは前出、何処かの誰かの釣果をアテにして
狙っている連中も多い事実、またそれによって自身だけではなく、他の誰か
によってその魚が釣られ、或いは殺されてしまう機会を増やして仕舞う事に
繋がるのだし、それは決して本意ではないと思う。
昨今では、先ず情報戦の様相が余りに酷く、WEBで見た釣り場に我先にへと
向かい、釣上げたら即配信=釣り場混雑=魚の大量捕獲=死魚増産という
悪しきループに成っている。それを何処かで断ち切らなければ成らないと
思うからである。
配信を1ヶ月分まとめて、或いは数日だって構わない、たったそれだけで、
その期間の混雑は解消され、釣上げられる魚の数も減り、体力が回復した
魚をより釣上げる事が出来ると思えば良いのではないだろうか?
釣果報告をSAVEすれば保護出来るのである。
★これから考えなければならない事★
今の時期の大型のシーバスはアフターランカー等と言われて商業的に使われ始めて
いる様子が伺えるが、ただ大きいだけで、実は物凄く釣り易い魚だというのは
少々長くやっていれば誰でも知る事が出来る事柄だと思う。特に産卵を終え
最初に湾奥へ入ってくる魚は大型で、その後に中型~産卵しなかった小型と
続くのが常で、そのアフター狙いの人々が正月過ぎから極寒の中頑張って釣上げ
ているのだが…その大型魚だからこそ大事にしなければならないのでは?
ある研究データーでは、ある種の魚の内、ある一定の大きさになったら間引いて
若い個体のみで種を継続させていくとやがて大型には育たなくなるという
研究データーもある。
シーバスは1mを超える大きさに育つ魚といわれているが、この15年、東京湾で
釣上げられる魚はどうも小型化が進んでいるように感じて成らない。かつて
は90cmを超えたら1つの目安とも言えた状態が、それすら中々釣れなくなっ
ているのではないだろうか?
大型魚の方が離される確立が少ないのではないからではないか?
湾の奥の河川内で釣られた魚はほとんど離されているのだろうが、湾口外で
釣られた大型魚は記念の為や食用にと持ち帰られているのが多くなっている
のではないだろうか?しかも、それは産卵期に捕獲された物がほとんどでは
ないだろうか?産卵目前にして大型に育つ要素のある魚を間引いてしまう事を
継続していれば、やがて前出の様に、魚が小型化して、誰もが望むであろう
大きな魚が釣れなくなってしまう日が来るのかもしれない。
またこれも、産卵後の魚に対してでも同様である。
産卵後の魚は弱っているが大型でもある、その大型に育った魚のみを
釣って殺し続けてしまったら、大型が少なくなってその種の小型化を
進めるだけに成ってしまうだろう。だからこそ、釣る時期はどうであれ、
大型の魚に対する扱いは殊更慎重にしなければならない事柄なのでは
ないだろうか?
弱った大型魚に狙いを絞って釣るのをSAVEしよう。
★有効に、効果的に使って欲しい★
この時期は他に釣り物も無く、春先までメバルでも釣ってるかという時期
でもあったのだが、メディアの発達は思いもよらない方法で通年シーバスを釣る事
だけを教えて来た様に思う。が、少し配慮するだけで今後に渡って自身も、
他の人も、そして楽しませてくれる魚達にも「少々の未来の希望」が持てると
したら、そちらを選択しようではないか。
後付の理由は何でも構わない。釣果報告を遅らせたのもSAVE FISHINGの為
だと言うもよし、釣れなかった言い訳をSAVE FISHINGというのもOKだし、
飲んじゃって釣りにいけなかったのをSAVE FISHINGと言うもよし、寒くて
釣りに行きたくないのをSAVE FISHINGと言い換えたって全く構わない。
何しろ即効力を生まない全ての遅延行動そのものがSAVE FISHIGなのだ。
それだけで確実に魚は保護され、また出会いを楽しむ事が出来るだろう。